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札幌高等裁判所 平成6年(う)137号 判決 1995年6月29日

主文

原判決を破棄する。

本件を札幌地方裁判所に差し戻す。

理由

検察官の控訴の趣意は、札幌地方検察庁検察官河野芳雄作成の控訴趣意書に、被告人Aの控訴の趣意は、同被告人の弁護人肘井博行作成の控訴趣意書に(なお、同弁護人は、同被告人作成の控訴趣意書は陳述しないと述べた。)、検察官の控訴趣意に対する答弁は、同弁護人及び被告人Bの弁護人藤田美津夫作成の各答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

第一、検察官の控訴趣意(事実誤認及び法令適用の誤り)の主張について

一  論旨の骨子

原判決は、公訴事実中、強盗の点について、被告人両名には財物奪取の犯意発生後において、C子(当時二一歳)の反抗不能状態を利用し又はこれに乗ずる意思のもとに、新たな暴行又は脅迫を手段として財物を奪取するという認識があつたとは認められず、強盗の犯意を欠くとして、原判決第三のとおり窃盗の事実を認めるにとどめた(以下、強盗の公訴事実に関する事実を「本件」という。)。

しかし、強盗とは別個の目的、特に強姦の目的によつて加えられた暴行・脅迫によつて相手方が反抗不能の状態に陥つた後、財物奪取の犯意を生じた場合、これに乗じ、反抗不能の状態を利用して財物を奪取したときは、強盗罪が成立すると解すべきである。すなわち、その成立には財物奪取の犯意発生後における新たな暴行・脅迫(以下「新たな暴行・脅迫」という。)は不可欠ではなく、財物奪取の犯意発生前の相手方の反抗を抑圧するに足りる強度の暴行・脅迫の存在及びこれを財物奪取の手段として積極的に利用する意思が存在すれば足りるというべきである。そこで、本件においては、関係証拠を総合すると、被告人両名にC子の反抗不能状態を利用し又はこれに乗ずる意思があつたことは明らかであるから、被告人両名の本件行為は強盗罪に当たるものである。

仮に、新たな暴行・脅迫が必要であるとしても、本件においては、被告人Bが「こいつ、職業は何だ」と言いながらアドレス帳のページをめくり、「千円はタクシー代にやつて、五百円は貰つておくわ」と言いながら五百円硬貨一個をコンソールボックスに入れ、さらに、同被告人が「腕時計に指紋ついちやつたからとつてくれ」と声をかけ、被告人Aが「わかつた」と答えながら腕時計を被害者の左腕から外す等の言動に出ており、これらが新たな暴行・脅迫に当たるというべきである。

さらに、本件を全体的に考察すると、被告人両名は、奪取した金品をコンソールボックスに入れただけで、原判示普通乗用自動車(以下、「本件車両」という。)内にはC子がいてその金品を強く意識していたから、金品が完全に確保されたとまでいい難く、C子による金品の返還請求を断念させ、C子が本件車両から降ろされたときに初めて金品奪取が確保されたというべきで、被告人両名の行為を全体的に考察するとその時点で強盗罪が成立したというべきである。

したがつて、本件を強盗罪として認定しなかつた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認及び法令の解釈適用の誤りがある。

二  当裁判所の判断

所論及び各答弁にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて以下検討する。

1  本件強盗の公訴事実と原判示窃盗の事実

本件強盗の公訴事実(平成六年三月二四日付け起訴状記載の公訴事実第二)の要旨は、「被告人両名は、共謀の上、平成六年三月三日午後一一時ころ、北海道千歳市中央八五五番三九所在の空き地(通称コムカラ峠。以下「コムカラ峠」という。)において、被告人両名の強姦(右起訴状の公訴事実第一)によりC子が抗拒不能に陥つているのに乗じ、C子所有にかかる現金五〇〇円及び腕時計一個等一〇点(時価合計五九五〇円相当)を強取したものである」というのであり、これに対し、原判決は、強盗の成立を認めず、原判示第三の窃盗の事実を認定したもので、その要旨は、被告人両名が共謀の上、原判示第二の強姦の犯行後の同日午後一〇時過ぎころ、コムカラ峠に駐車中の自動車内において、現金五〇〇円、及び腕時計一個等一〇点(時価合計五九五〇円相当)を盗み取つた、というものである。

2  本件の主要な事実

関係証拠によると、原判決が「強盗の訴因に対して窃盗の事実を認定した理由」欄(以下「原判決の説示」という。)二1(1)ないし(6)の各事実を認定したのは相当である。以下、右各事実に若干付加して認定する。

(1) 原判示第二のとおり、C子を強姦することの共謀を遂げた被告人両名は、平成六年三月三日午後八時二〇分ころ、北海道恵庭市《番地略》付近路上において、C子を本件車両(ワンボックスタイプ、三列シート、八人乗りのもの)内にむりやり連れ込んで中央列シートに乗車させた。そして、C子は、走行中の車内において、ドアを開けて助けを求め、押さえ付けようとする被告人Aの手をかじり、運転している被告人Bを背後から蹴るなど激しく抵抗した。これに対し、被告人両名は、こもごも「殺すぞ」などと言つて脅迫し、入れ代わり立ち代わりC子の顔面等を手拳で多数回にわたつて殴打し、腹部を数回蹴り付けるなどの暴行を加え、その結果、C子は、全治六週間を要する下顎骨骨折、顔面挫創等の傷害を負つた。

(2) C子は、当初は右のように激しく抵抗したものの、被告人両名から右暴行・脅迫を受け、その後被告人Bに口淫を強いられている途中から、目をつぶり、ぐつたりとして身動きしない状態となつた。心配した被告人Bが、被告人Aにその旨告げると、被告人Aは、駒津の脈をみるなどして「大丈夫だ。生きている」と言い、そこで被告人両名は、目的どおりC子を姦淫するためコムカラ峠へ向かつた。

(3) 同日午後九時二〇分ころ、コムカラ峠に着き、本件車両内で被告人両名はC子に対し、それぞれ又は同時に姦淫等の行為に及んだが、その際にも、C子は右状態のままで、被告人両名にされるがまま一切抵抗しなかつたことから、被告人Aは、「死人を抱いているみたいだ」などと言つたりした。

(4) C子を強姦後、被告人両名は、車内灯をつけ、右状態のままでいるC子に衣服を着せた。その際、被告人Bは、C子の顔面が腫れ上がり、鼻や口から出血している状況を目の当たりにした。同日午後一〇時過ぎころ、被告人Bは、C子のバッグ内から、まず、ポーチ、アドレス帳等を取り出し、運転席左脇のコンソールボックス内に入れ、次いで、財布を取り出しその中から五百円硬貨一個をコンソールボックス内に投げ入れた上、財布をバッグ内に戻し、また、被告人Aも、被告人Bに頼まれてC子の左腕から腕時計を外してコンソールボックス内に入れた。その際、被告人両名は、C子から右各財物を取ることについて相互に認識し合つていた。

(5) C子は、被告人Aに姦淫されている際一時的に意識を失つたものの、被告人両名による姦淫行為の最中に意識を取り戻し、その後は解放されるまで被告人両名の言動を認識していたもので、被告人両名が財物を取るところも明確に認識していたが、それまでの被告人両名の暴行・脅迫により抵抗できる状態にはなく、逆らえばまた殴られたりすると考えて、被告人両名の行為を止めたり、財物を取り戻そうとしたりはせず、これまでと同様身動きすらしない状態のままであつた。

(6) 財物を取つた後の同日午後一〇時三〇分ころ、被告人両名は、コムカラ峠を出発し帰途についたが、途中、C子が依然として右の状態のままであつたため、被告人AがC子の呼吸音を聞いたり、脈をとり、更にはうろ覚えの心臓マッサージやマウス・ツー・マウスによる人工呼吸を行うなどした。被告人両名は、C子をどこかで車から降ろそうと考えたものの、C子が依然として右状態のままである上、外は吹雪であつたことから、そのまま置き去りにすれば死亡してしまうと考え、C子を降ろす場所や方法について話し合いながら千歳市内を方々走り回るうち、同日午後一一時四二分過ぎころ、C子がようやくうめき声を上げ、被告人Bの呼びかけにも反応した。

(7) その後、被告人両名は、C子が自宅付近まで送つてくれるよう求めたことからこれに応じ、恵庭市《番地略》先路上でC子を解放した。その際、C子は、被告人両名に取り上げられた前記各財物のうち、女友達の電話番号などが記載されているため被告人両名に悪用される心配のあつたアドレス帳と、家に入るために必要な鍵を返して欲しいと頼んだところ、被告人両名は、アドレス帳は指紋が付いているから返せないなどと言つて鍵だけを返還した。C子は、逆らえばまた暴行を受けると考えて、それ以上の要求をすることなく、アドレス帳を返してもらうことをあきらめた。

3  そこで、右事実を前提として検討を進める。原判決が認定しているとおり、C子は、被告人両名から強姦される少し前にちよつと意識を失つたことがあつたが、その後は、姦淫されている間も、本件により金品を取られたときも、一度も意識を失つていないことは明らかである。しかし、原判決は、原判決説示二2において、被告人両名はC子が失神しているものと真実思つていたと認められるとしており、その点を関係証拠によつて検討しても、この認定を覆すに足りる証拠はなく、原判決の認定に誤りは認められない。すなわち、本件に先立つてC子をこもごも姦淫しているのであるが、C子を被告人両名で姦淫した状況に照らすと、被告人両名がそのように信じたかどうか、疑わしいところもないわけではない。しかし、被告人両名は、捜査段階から原審、更に当審に至るまで一貫して、C子が失神していたと思つていた旨述べており、C子を姦淫した際、その間もC子は失神しているように必至に装つており、事実、被告人Aが「死人を抱いているみたいだ」と言つたというのであつて、さらに、コムカラ峠から帰る途中、C子に対し、稚拙ながら、被告人Aが心臓マッサージや人工呼吸をしていることも併せ考えると、真実失神していたものと思つていたと認めるのが相当であり、また、被告人両名において、C子が意識を回復する気配を感じていたという形跡は認められない。そうすると、被告人両名について、本件は、被害者が失神している状態にある事案と同様に考えるべきである。

4  新たな暴行・脅迫の要否

原判決が説示する、新たな暴行・脅迫が必要である、とする考え方について検討する。

新たな暴行・脅迫が不要であるという所論は、被害者が失神している状態にある場合も含めて主張していると思われるところ、そのような考え方をとることができるかどうかを検討する。

所論によると、反抗不能状態の利用意思があれば強盗罪となり、それがなければ窃盗罪となることになろう。反抗不能状態の利用の意思については、暴行・脅迫により反抗不能状態を生じさせた者が、金品を取る犯意を生じて金品を取つた場合は、特段の事情の認められない限り、その意思があるというべきであるが、そのような反抗不能状態の利用の意思があるにしても、失神した状態にある被害者に対しては、脅迫をすることは全く無意味というほかなく、同様に、失神した被害者に対して腹いせのために暴行を加えるような特段の事情のある場合は別として、そのような事情のない限り、反抗不能の状態を継続するために新たな暴行を加える必要もないことは明らかである。反抗不能状態を継続させるために、新たな暴行・脅迫の必要があるのは、被害者が失神していない場合か、あるいは失神して意識を取り戻したとき又はその気配を感じたときである。犯意に関していえば、そのような被害者が意識を取り戻した場合又はその気配を感じた場合は別として、被害者が失神している場合は、もともと、脅迫をすることはもちろん、新たな暴行を加えることも考え難いから、犯人の主観としては、窃盗の犯意はあり得ても、暴行・脅迫による強盗の犯意は考え難いというべきである。他方、このような場合は、被害者の反抗もまた何ら論じる余地もないといわなければならない。さらに、被害者が金品を奪取されることを認識していないのであるから、被害者が失神している状態にある間に金品を取る行為は、反抗不能の状態に陥れた後に金品を取る犯意を生じて、被害者に気付かれないように金品を盗み取る窃盗、更にいえば、殺人犯が人を殺した後、犯意を生じ死者から金品を取る窃盗とさほどの差異がないというべきである(本件と同様な事案と思われる高松高等裁判所昭和三四年二月一一日判決参照)。

そうすると、新たな暴行・脅迫が必要かどうかは、被害者が失神状態にある場合と、被害者がそうでない場合とでは、同一には論じられないと考えられる(ちなみに、刑法は強制わいせつ等の罪に関しては、被害者の心神喪失状態にある場合については、一七八条を設けて、これを他の場合と区別しているのである。)。新たな暴行・脅迫不要説の根拠として所論が引用する東京高等裁判所昭和四七年八月二四日判決、同裁判所昭和五七年八月六日判決、大阪高等裁判所昭和四七年八月四日判決は、いずれも被害者が失神した間に金品を取つた事案ではなく、本件とは事案を異にする。

所論は、失神した被害者に対する関係では、新たな暴行・脅迫を問題としないという限りでは、その余の点はさておくとして、結果が同じであるといえるものの、その理由においてその立場をとることができないから、採用することができない。

5  本件における新たな暴行・脅迫の必要

そこで、前項に述べた考え方を前提として、本件を検討すると、新たな暴行・脅迫を論じる余地はなく、本件は窃盗に当たるというべきである。

7  全体的考察の所論について

本件において、被告人両名がC子所有の現金入りの財布、アドレス帳等の占有を確保したかどうかを検討する。被告人Bがそれらをコンソールボックスに投げ入れたことは、そのコンソールボックスが運転席の左脇にあり、その際には被告人両名のどちらかが運転席に着席していたのであるから、仮にC子が取り戻そうとしても取り戻すことは困難な状況にあつたと認められ、その占有は完全に被告人両名のもとに移つていたものというべきである。したがつて、その時点では未だ占有が被告人両名のもとに移つていないことを前提とする所論は、その前提を欠き不当である。もちろん、本件は、被告人両名に右財布、アドレス帳等の占有が移転した時点で窃盗の既遂に達するのであつて、その後の経緯を全体的に考察して、事後強盗の成立が考えられることは別として、さかのぼつて、窃盗を強盗と評価することができないこともいうまでもないところである。

7  結論

所論が、被告人Bの脅迫、被告人Aの暴行があつたとする仮定的主張(原審では、新たな脅迫を主張しただけで、新たな暴行の主張はなかつた。)も、また、前に述べたとおりの理由で採用できない。そうすると、反抗不能状態の利用の意思の有無を問わず、本件は窃盗罪に当たるというべきであり、したがつて、本件を窃盗罪とした原判決の認定は結論として誤りはない。所論は採用できない。

第二  職権判断

被告人Aの弁護人の控訴趣意(量刑不当)に対する判断に先立ち、職権をもつて調査すると、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違法があり、破棄を免れない。

すなわち、前記第一の二2で認定した事実によれば、被告人両名は、コムカラ峠に駐車中の本件車両内でC子からアドレス帳や鍵などを取つた後、C子の自宅付近でC子を解放する際、C子に右二点の物品の返還を求められたが、鍵を返しただけで、指紋が付いているから返せないなどと言つてアドレス帳は返還せず、他方、C子においても、被告人両名に取られた各財物のうち、取り分け返してもらいたいと考えた右二点の返還を求めたものの、アドレス帳については被告人両名から拒否され、これ以上逆らえば更に暴行を加えられると考え、更に返還を求めるのをあきらめたのであるが、これらの事実によれば、C子は、それまでの暴行・脅迫及び姦淫行為による反抗不能の状態が継続する中で、右アドレス帳の返還要求を断念したもの(被告人両名に取られた他の金品については、言葉にも出せないままに返還要求を断念している。)であることが明らかである(なお、関係証拠によれば、C子が被告人Bの呼びかけに反応を示した後解放されるまでの間、被告人Aからスポーツ飲料を渡されて飲んだり、被告人両名と会話を交わしていた事実が認められるものの、これは走行し移動中の本件車両内という、被告人両名の絶対的支配の下におけるものであるから、前記反抗不能の状態が依然として継続していたことにかわりはない。)。そして、このような被告人両名の返還を拒否する言動は、C子の右反抗不能状態に乗じて、その要求をあきらめさせたものということができるところ(この点に関する被告人両名の認識につき、被告人Bの原審公判廷供述中には、これを認める供述部分がある一方、他の供述部分ではこれを否定し、また、被告人Aも原審公判廷でこれに否定的な供述をする。しかし、被告人両名の右否定(的)供述は、前記第一の二2認定の本件前後の経緯等の事実と対比して不自然、不合理であり、信用できない。)、これは、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二三八条所定の取還を拒ぐための脅迫と認められ、同条の事後強盗罪が成立する可能性が大きい。そうであるとすると、本件強盗の訴因と右事後強盗の事実との間には公訴事実の同一性があり、事後強盗の訴因に変更し、又は同訴因を追加しさえすれば、事後強盗の事実を認定できた可能性が大であつたというべきである。このような場合、事後強盗罪は窃盗罪と比べ重大な罪であるから、原裁判所としては、検察官に対し、この点について訴因の変更等をするか否か釈明すべき義務があつたものである。しかし、記録を調査しても、原審がそのような措置をとつた形跡はうかがえず、原裁判所の訴訟手続きは、右釈明義務を尽くさなかつた点において訴訟手続を誤つたもので、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであり、原判示第三の窃盗は、被告人Aについては原判示第一、第二の各罪と、被告人Bについては同第二の罪と、いずれも併合罪の関係にあるので、原判決全部が破棄を免れない。

よつて、被告人Aの弁護人の控訴趣意(量刑不当)に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、本件について更に審理を尽くさせるため、同法四〇〇条本文により本件を原裁判所である札幌地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 萩原昌三郎 裁判官 宮森輝雄 裁判官 高麗邦彦)

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